茶箪笥の奥

メモ置き場

ひとくちアニメ紹介005.さよならの朝に約束の花をかざろう

脚本家・岡田磨里の初監督作品。P.A.WORKS制作。

10代半ばで外見の成長が止まり、数百年生きるイオルフの民は、僻地で『ヒビオル』を織りながら平穏に暮らしていた。ある日、長寿の血を狙ったメザーテ王国に襲撃される。混乱の中を逃げ延びた主人公・マキアは、やがて森で人間の赤子を発見し、その子を育てる決意をする。

まず目を引くのは映像の素晴らしさ。
調和のとれた色彩が良い。深夜アニメ的なビビッドな色は控えめで、派手な色あいではない。しかしながら、全体的に彩度が高めで、シックな色も劇場映えしている。
演出的な色彩のコントロールといえば、中盤のマキアが真っ白な部屋にいるシーンが印象的。その無機質な白は、こちら側に畏怖の念すら抱かせる。
緻密な背景美術は、ファンタジー世界に実在感を与える。
そして何よりもその作画表現に圧倒される。
錚々たるアニメーターが参加しており、全編を通してクオリティは高い。特にメインアニメーター・井上俊之による冒頭の日常風景~レナト襲撃シーンは神がかっていると思う。

現在5周年記念で劇場公開中。8日間限定。ぜひ劇場で!

 

※ここからネタバレ

親子愛の話だの母性の話だのといろいろ言われる作品だが、私は「アイデンティティ」の作品だと捉えている。

主人公・マキアは孤児である。活発な友人・レイリアと自身を比較し、"跳べない"自分に複雑な感情を抱えている。さらに、メザーテ王国の襲撃により故郷を追われ、友人や故郷すらも失った。
元々希薄だったマキアのアイデンティティは、襲撃によって木っ端みじんに砕かれ、自殺すら考えてしまう程だった。
しかし、追われた先でたまたま見つけた赤子を拾い、エリアルと名付け、育てることを決断する。ミドという母親の手本に出会い、エリアルの母になることがアイデンティティとなった。「エリアルの立派な母親」というイメージ像に固執するマキアは、思春期を迎えたエリアルから突き放され、宙ぶらりんとなる。

マキアの対比となるレイリアは、メザーテ王国に囚われ、無理やり王子の妻となった。
恋仲のクリムとも引き離され、マキア同様、すべてを失った。
辛い現実の中、望まぬ子であったはずのメドメルだけが彼女の存在証明となった。しかし、メドメルとの面会は許されず、執着心ばかりが募っていく。

二人のアイデンティティは、自分の弱さや現実から目を逸らすために生まれたもので、見方によってはエゴに近いものだ。最終的には二人とも自分を見つめ直し、一度は得たアイデンティティを手放し、再び跳ぶ。自分の弱さに向きあい、認め、再出発する話だから美しいのだと思う。